9月 6 2010

トイストーリー3みてきました

もう9月だというのに、今年の暑さは確かに異常。

そんな中そろそろロードショーも終わりそうなので焦って見に行きました。

バルト9めがDolby3D方式やめよったから、わざわざ池袋までな!(わりと粘着質ですw)

「トイストーリー3」です。お気に入りはブルズ・アイ。

あとブタの貯金箱くん。名前は知らん。

今回腹黒ボスキャラがアンディによって設定されていた事が発覚。ラブい。

ち、ちがうよ!親近感とかじゃないよ!ホントよ!


トイストーリー3


今回は泣けるという前評判。

フムフムと思いつつ映画館にいくと、さすがはピクサー、

お子さまの姿も大変多かったです。上映中もお子さま方超静かでしたw

ピクサーの安定感もたいしたものですなあ。おもしろかった。


泣けると言われたけれど、泣けるというかね、さわやかに切ない感じだった。

犬猫とか、あるいは異星人とか、不老不死のものとかなんでもいいんだけど、

生きていくはやさや世界が違うもの同士の交流

(とはいえトイストーリーに直接言葉を交わすような交流はない。そこがよいんだけど)

の切なさっていうのは普遍の切なさのテーマだなあと思ったりしてました。

どっちが悪いとかじゃなく、違うのだから、いつかは離れていかなきゃいけない。

お互いにその事はわかっていて、でも美しい思い出に心は痛む。

そういうのは切ないよねえー。

だけど今回ウッディたちはちゃんと次の新しい自分たちの場所を見つけたので、

別れもさわやかでありましたよ。泣けるっていうより。さすがディズニー的なw


あと、ポテトヘッド夫妻の驚愕の高性能が新たに!

きみら、ボディは何でもいいんかいという驚き。お前の中枢はどこだ的な。

そこが私的には一番の笑いポイントでした。


私も子供の頃、どこに行くにもはなさなかった犬のぬいぐるみを持ってた。

よだれと手あかと謎の色々で汚れてて、母はときどき彼を洗いたそうにしてたけど

私は断固として離さなかったし、私の匂いがついた彼を洗う事を許さなかった。

それでも目が取れたり、手がちぎれたりするたびに泣きながら母に訴えて

何度も直してもらって(ついでに洗われたりしてむくれたりしたっけ)

眠る時はもちろん、遠出する時も彼を抱えてた。

床屋さんにいく時も彼を離さなくて、

床屋のおばさんが「じゃ、お友達も綺麗にしようね」といって

彼を隣の散髪台に座らせて櫛でもじゃもじゃにからまった彼の毛を梳いてくれた

(あるいはそのふりをしてくれた)のも覚えてる。

保育園にも行く前のあのころ確かに彼は私の一番の友達だったな。

・・てーかその後どうしたんだっけ(汗)

とか個人的な思い出も呼び起こされたりして、なかなかノスタルジックな気分になりました。




8月 19 2010

インセプションみてきました

暑い日が続きます。こんだけ暑いとなんかもう逆にバテないという謎。

つかの間の夏休みにみてきました。「インセプション」


そもそもね!「トイストーリー3」をね!見ようと思ったのにね、

一番近い新宿のバルト9めが、Dolby3D方式やめてやがんの!

全スクリーンX-PanD方式になったみたいなの!

方式とかどうでもいいよと思うかもしれませんがね!

X-PanDは眼鏡が重いんだよ!あと暗いし!

あれなら2Dでいい→DVDでよくね?のコンボで萎えたので

なぜか「インセプション」見たといういきさつ。


inception

この映画、すごい面白いって結構聞くのです。

結論から言うと、そこまででもなかった。(え)

面白いし、退屈は別にしないけど。


たぶん、夢がね、夢っぽくないところがなんか普通の

ちょっとしたアクション映画みたいに見えたんだろうな。

「夢の世界かー!ワクワク!」とか思っていったら期待はずれだった的な。

夢的な映像じゃない。一切。筋道が通っているし、

なんだろ、あまり奇想天外な展開もないし。

敵?とかも潜在的な防衛意識の投影なら、何つーかそんな律儀に

人間型で、物理的な法則を守った攻めとかしてこなくても

良さそうなものだと思うんだが、どうなんだろうなー。


夢の階層構造とか、虚無の設定とか、チームの考え方とか悪くないんだけど、

一緒に見に行った相方さんが「惜しい」映画だっていったけどそんな感じ。

まあ、ジャンルは違うけど、マトリックスとかのほうが夢っぽい。あれは仮想現実だけど。

あとは個人的には夢的映像っていうと

ジュネ&キャロのロストチルドレンの映像とかのイメージが強いっていうのもあるし。

うん、私が期待していたんとはちょっと違うという意味では、惜しい感じだったね。


あと思ったよりケン・ワタナベが出ずっぱりでびっくりしたわ。

すっかりハリウッド俳優だね!南果歩も鼻が高いよね!(関係ないw)

そして渡辺謙には言及するのに、一切レオ様に触れないと言う。

ギルバートグレイプのときには可愛かったけどね、私彼には興味がないみたいw


7月 29 2010

脳は美をいかに感じるか

うわー、気づかないうちに7月が終わりそうとか、何!?

何事!?何がおこってるの!?タイムワープ(違)?


…ええ、忙しさにかまけて更新もしておりません。ごめんなさい。

最近は仕事→就寝→仕事→就寝のループだったので、

あまり何も読んでもいなけりゃ見てもいませんよ!

というわけで、今日は脳科学+美術の奇跡のコラボレーション(?)

痺れるマイバイブルをご紹介。

脳は美をいかに感じるか

この前書いたポール・エクマン博士といい、このセミール・ゼキ博士といい、

実際の何事かの事象を自分の持っている科学的知識のアプローチで

読み取ろうとするおかしな(?)人たちっておもしろいですよねえ。

科学はとかく机上の空論になりがちだけれど、(特に私のような一般ピーポーには)

少しでも現実の事象に照らして考えてみるというアプローチは面白いなあといつも思う。

科学はそうあらねばならないよなあと、いつも思う。


とはいえですよ、この本を読むと、美のもたらす感動体験そのものの原理が

解明できてるかというととてもそこまでは、やっぱりとても無理。

感動という情緒活動自体がまだ良く分かってないんだからそりゃそうだけど。


——- 本書では主に「美術作品の知覚」について扱うが、

筆者はかねてから美術のもっとも慈しまれ、喜ばれている側面、

すなわち美的魅力、感動を呼び起こす力、心をかき乱し、刺激する力について

何か一言でも言うことができたらと思い続けてきた。

現在はまだとてもそのような状況にはないが、いずれそうなるものと強く期待している。——-

(P196)



と書かれているように、美術、すなわち視覚刺激がもたらす感情を解明する

ホントの最初の一歩しか脳科学自体はいけてないわけだけれど、これがねえ、面白かった。

具体的には一番最初の視覚情報を受け取る大脳視覚野の話がほとんどだけれど、

この辺の原理が分かるだけで、「あ、だから、この色の組合せは綺麗と思うわけね」とか

「あの意味不明のピカソとかカンディンスキーの絵はどこがすごいのか」とか

わかる。これはすごい事じゃないかと思う。

要するに、その原理がこうなっているという事ではなくて、

それを美術の世界に持ち込んでみたゼキ博士のアプローチが、目新しい。


「感動」にまつわるものってなにか、科学的なアプローチを拒むような

なんだろ、「考えるな!感じろ!」的な神秘的なタブー性みたいなものがあると思うんだけど、

(多分これって論理的に完全解明されると洗脳的な意味でも色々危険だからだと思うので、

そのへんの自己防衛本能が働いている気がしないこともない。)

脳科学は人間そのものを解明するために日々進歩している訳で、

人間活動の中でも特殊なもの=「感動」を目的とする活動を解明するには

絶好のアプローチかもしれないなとは思っております。是非はともかく。


わたしは大学で美術論をやってたけど、そのころから変だな変だな思っている。

なんで、美術なんてあるんだろう。音楽や、文学も、なんであるんだろう。

なんで、優れた美を、人間はそういうものの中に見るんだろう。

生きていくための直接的な活動でもなく、種の持続のための活動でもない

こういう特殊活動が、不思議でしかたない。

すごく魅力的で決してなくならないのに、でも生物学的には不必要。

その存在の理由そのものを知りたいという私みたいな人には

なんかインスピレーションを与えてくれる本かもしれません。